社会的な慢性疲労?

今が満ち足りている・・・

それが幸福感であるとするならば、


足りない、足りないという

そのような雰囲気だけにでも口渇している我々は、

実は不幸と言える・・・


物質的な豊かさだけでは満たされない

にも関わらず、求め続ける、

或いは求め続けなければならない現状の・・・


ほとんどが幻覚だけによけいに病的と思える。


一言、「価値観の違い」と、

どこかのドラマの冴えないセリフのように


そう言われてしまえば、そうなのですが、


これ以上、アクセルを踏む必要性に疑問というよりは、

不安や恐怖すら感じる。(住宅街をありえないスピードで走る車のようです)


とくに昭和との違いを知る人間にとっては、

現代のこの妙な違和感は、

大袈裟ではなく苦痛とも感じるかもしれません。


何か慢性的な病気にかかっているような、


社会的な慢性疲労のような。ジワジワと。


最近や、これから生まれてくる子供達は、

不幸とまでは言いませんが、

少なくとも、今が満ち足りている幸福感からは離れ、

生まれながら別の次元の価値の中で生きていくのだろうか・・・

(違う次元での幸福感はあるのかもしれませんが、感覚麻痺とも言える)


と、個人的な見解として思ってしまいます。


食事、環境、教育など、いろんな事が、

時代という大義名分によって、変化してきました。

(言い訳、強行とも思えますが)


どうなってしまうのかほんと心配です。


その証拠に、今までなら考えられないような病気が、


子供にも、そして大人にも発症している・・・


社会的にどこかでブレーキ、またはバックが必要なんだと感じます。