答えへのプロセス、思考の流動性

答えは一つではないのだが、

しかし、結果、結論は、一つである・・・


現代人は、どういうわけか、

答えを探さずに、結果、結論ばかりを求め過ぎ、

勝手に絶望している・・・


そして、答えをただ一つとしてしまう

決め付けてしまう、


結果や結論までの過程において、

様々な可能性を模索することを忘れている。


この世にはイエスとノー以外の答えが存在しないのか?

と、そのようにしてしまう世の傾向に疑問を持つ。


時間が無いのだろうか?努力をしたくないのだろうか?

諦めたいのだろうか?開き直る為の大義名分がほしいのだろうか?


結局、自分の都合しか、考えられないのだろうか?


可能性を狭めるのは、自分一人で結論付けるからである。


ある意味で、他者には自分も含まれ、

その関係性の中での自問自答が繰り返されるべきと思われ、


いわばその孤独な結論は、それは本当に答えなのだろうか?


と、逆に問いたい・・・


どちらにしても答えは一つとは限らない、


結果や結論は、その先にある冷静で慎重な答えであってほしい。


思考は止まる為に、簡単な答えを導く為のものではなく、


常に流動しているものである。


思考停止とする前に、もう一度考える(理解する)必要があると思われる。