情報、言葉の弊害

情報に溢れ過ぎる現代社会では、

限定されがちではあるが、頭の理解に頼っている。


言葉は言葉でしかない・・・

伝わらなければ意味や価値は無い。


矛盾しているようですが、

頭の理解においては言葉(記号)は伝わっているようですが、

肝腎なその真意は、むしろ頭の理解に邪魔をされて伝わらない・・・


言葉は記号化以前には、言霊として、

少なくとも現代社会以上のコミュニティに

優れていたのだと想像する。


伝えているようで、伝わらない。

理解しているつもりでも理解出来ていない

(真意が伝わらない)


このような、すれ違い、行き違い、ズレなどは、

情報化社会の弊害として、悪習慣として、


日常生活性を閉塞し、

より狭い次元へと追い込んでいると考える。


頭の理解ではなく、別の所の理解なんだと・・・


もう少し落ち着いて

観察することが必要なんだと思います。


理性も感情も、直感も、頭と心の両方で

感じることが、いわば正常なのではないか?

どちらかに、特に頭の理解に偏り過ぎているから


見失うのだと考えます。


大事な事は、どちらかといえば心で理解する・・・

そのような習慣性に欠けているのが、

今日の現代社会という具合でしょうか・・・


言葉よりも本質や真意の方が大切なんだと考えます。