目的を見失わないように。

何故、手放せないのか、

既存の常識に依存し過ぎ抜け出せないのかもしれない・・・

 

或いは、”良い物”と言われれば、

そのまま受け取ってしまう習慣からだろうか・・・

 

ときには疑いたくない部分にまで、

疑う習慣を身に付ける(メスを入れる)事が、

現代社会では必要になると思われる。

 

疑り深く偏屈な性格になれ!という事ではないw

客観的に冷静にそして慎重に考え、行動する結果である。

 

あたりまえのことを、あたりまえのように振る舞える習慣、

そして社会的な雰囲気、環境等は、精神衛生上としても大切だろう。

 

決して、自己中心的に我欲優先に振る舞って良いということではなく、

今まで培ってきた教養、道徳等の一般的な倫理からは大きく外れない、

社会的にも個人的にも可笑しくない振る舞いということだろう・・・

 

あたりまえのことを、説明することに苦労する・・・

そんな現在の状況にこそ、ほんと疑問です。

 

自分が正しいとは言いませんが、

 

目に余ると感じる。という意味では、まともなんだと思われる。

 

今までも治らないのに、

何故、今までの治療法を手放せないのか?

 

または、効果のみられない薬を飲み続けるのか?

 

それがもはや依存なのか何等かの義務感なのか、

 

判断出来ないくらい・・・奇妙としか、不思議としか、言えません。

 

そのような違和感が在る限り、

治癒には向かわないのだなぁ・・・と、個人的な感想。

 

けっきょく何がしたいのでしょうか・・・

当初の目的である。”カラダを治したい”を忘れずに。


依存が行き過ぎて、まるで言葉悪く言えば、奴隷のようだと感じる・・・


どちらにしても、ときには手放すことが必要になります。