治療の努力

何かのせいにすれば、

不調が回復するかは誰にも分からないことですが、


確かな事は、やれる治療があれば、(対処療法ではなく)

そのチャンスからの可能性を広げる事・・・


しかし、その判断も自分自身に委ねられている。

そういう意味では、何かのせいではなく自分自身の選んだ判断となる。


そして、その判断のジャッチは結果からしか分からない。


この世は、分からないことだらけですが、

何もしないで留まるという姿勢は、本来なら自然淘汰となるわけですが、

そこは現代社会だからこそ、ある程度の保護も可能ということです・・・


病気に悩む、辛さに耐えることも大きな努力ではありますが、

それとは別に治す為の努力があるように思います。


ときに治療には苦しみも付き纏います。


楽になることだけが治療ではありません。


特に今まで薬を多く服用してきた患者さんは、

薬からの依存性を取り除くことに苦労されると考えます。


直ちに飲まないから、使うのを止めたから、

影響されないという安易なことではなく、

カラダの隅々にまで蓄積した今までの薬が、有害物質として、

症状の固定、慢性化に関係してくるということです。


そして、肉体だけではなくて、精神、感情などの

捉えどころが難しい部分にまでも浸食しているということなのです。


何回も書いていますが、

ただ、治療さえ受ければどうにかなる・・・

藁にも縋る想いで治療を希望される方は、

どこかでそう思うことでしょう。(自覚に関係なく)


言いたいことは、

治療を受けること自体が安堵ではなくて、

治療をするということは、そこからがスタートであり、

状態によっては、長期の治療計画も必要なわけです。


受けること自体が安堵のように感じるている方は、

もしかしたらドクターショッピングに陥り、


本来の目的も忘れたまま、どこかを彷徨うことになるのかもしれません。


どちらにしても、ある水準の覚悟がなければ、


治療も続きません。


その覚悟が、患者側の努力と言えるのかは分かりませんが、


委ねるばかりではなく、そのような強い気持ちも必要だと思われます。