治療価値の格差

治療家がテクニックにおいて

注目している点は、

 

治療としての今現在の有効性、そして今後のポテンシャルだろう。

 

どちらかといえば、ポテンシャルの幅がある方を選択したい。

 

が、そのポテンシャルの伸びを待っている時間がない場合、

つまり即効性を重視する場合、より今現在、確実なテクニックを選ぶ。

 

しかしながら、そのテクニックの性格、性質、特性によって、

ポテンシャルもある程度、想像出来てしまう・・・

(性格は、後に術者が付け加えていくものなのかもしれないが)

 

何を取る(選択する)かで、治療スタイルはまったく違ってしまう。

 

そうだとしても、どちらにしても経験することが必要になる。

 

実際に使わなければ実態は掴めない。

 

そう、クドクドと書きましたがw

あたりまえですが、術者が求める治療の視点と、

患者さんが求めているものとは、元々、距離があり、

 

ただ治る、治すだけとはいかないから、やっかいなのです。

(上記は、普段、自分が治療についてどう考えている(視点)かの一部紹介です)

 

患者側にある程度のニーズ、要求、想像が在る為、

治療内容自体の評価ではなく、言ってしまえば、好き嫌いなのです。

 

治療者側は、別に好き嫌いで治療をしているわけではないので、

 

とても困る・・・という具合です。

 

現代人は、完成された、完結された、

商品のようなものに慣れ親しんでいる・・・

 

が、治療は商品ではないので、

何より、患者さんの病態によってやる事は違うし、

そもそも患者さんが居なければ成立しないものなのだ。

 

売られているものを、お金を出せば買えるというものとは違う。

 

治療に限らず、技術とはそういうものと考える。

 

形が無いということは、とても難しい事だと思いますが、

 

やっていることは、薬や注射、手術など目に見えたものに

勝るとも劣らないもの(価値)を提供している自負はあります。

 

ほんと、その価値をどう捉えるか?であり、

 

手術や薬に何百万円と医療費をかけることに価値が有るのか、

つまり、値段なのか、お金なのか、それとも別のところに価値は有るのか・・・

 

自分の価値観を思い直すことも必要な時代だと考えます。