大小の仕組みの違い

部分的な、具体的な治療をミクロとし、

そのまま全体的に大きくしたものがマクロな治療・・・


になるわけではない。と考えています。


それぞれ、性格、性質が違う為、

やはり、それぞれに必要な治療をしなければならないと考えます。


たとえば、カラダ全体の体質的な問題に対しての治療と、

卵巣嚢腫や子宮筋腫のような具体的な治療とが違うように


それぞれに違うがゆえ、

それぞれに必要な治療が必要なんだと思います。


まわりクドイ言い回しのようですが、


全体的にも部分的にも具体的という意味で、

けっきょく”適切な治療”が必要であり、


地図も無く、コンパスも無く、

行き当たりばったりな治療では、

あるいは自分自身を変に過信しての治療では、


深い部分にまで届かないおぼろげな治療に

なってしまうと、個人的には思っています。


原因を一つに限定することは難しいのですが、

(原因は蓄積しているものであり一つとは限らない為)


治療において大小の問題を行き来きする中で、

よりコアとなる部分に辿り着けるように、

よけいな様々なストレスを少しでも多く取り除き

治療を進めていくことが、実際なんだと思います。


よって、たとえば1回の治療で変化がないからと、

効果が無いというわけではなく、

(もちろん効果あれば幸いですし、常にそのように努力しておりますが)

治療は進めて行かないと分からない部分の方が大半であり、


その場で、パッと治る部分も、

また逆に時間が必要な部分もあるということです。


あたりまえのことを、

ただ書いているだけではありますがw

(将来的には、パッ、パッと、数回で治る治療になるかもしれませんが)


しかし、便利で簡単な社会生活に慣れてしまった現代人には、


改めてこのような事を考える余裕が必要なように感じます。


腕が無いと言われればそれまでですがw

現代社会とは別次元で自然の法則もちゃんと働いていると、


人間は、やはりどんな姿になっても自然の一部分でしかないことを


忘れてはいけないと考えます。


全体的な大きな社会の仕組みと、小さな個人とではやはり違うように、


便利な世の中にはなりましたが基本的には

人間は人間のままだと思われます。