身体と心の流動性

現実的に行き詰まると、

答えの答えを探すループである哲学的となり、

さらに、探求すると、形の無い思想的なものとなる・・・

しかし、人はさらに無からはじまるもの、

さらに、無の前は何かと?見つからないものを再びループするわけですが、

 

そういう意味では、絶望を頭のどこかで知ってる。

 

けっきょくは考える事を止め、現実に意識を戻す。

そして同時にその絶望を重ね合わせ現実的な限界を作ってしまう。

 

限界はある。しかし、どうにかこうにか、

その幅を広げようとする意志が重要となってくると考える。

 

思考停止とは違い、その意志には動きがある。活動的である。

 

ロバート・フルフォード博士は、

本来あたえられている身体と心のしなやかさ、

つまり流動性を失うことが病気に繋がると言っている。

 

この際の流動性とは、エネルギーの流れであり、失うはブロックを意味する。

 

身体と心は、密接であり、

どちらか一方の流動性を失えば、

自然ともう一方の本来性も失われていく・・・

 

よって、身体も精神、感情、など、区別なく

治療していくという結論は不思議なことではなく

とても単純な答えである。

 

心に問題があるからと、精神科へ行き、

身体に問題があるからと、外科や内科へ行く・・・

 

現代医療は、無くてはならないものではあるが、

我々、治療家とは診ている視点が違う事は確かである。

 

将来、本当の意味での、

総合的治療が医療機関で受けられる時代が来ることを願う。

 

まぁ、厚生省、製薬会社、医師あたりが許さないでしょうがw