原因と結果

原因があって結果が生じる

つまり因果関係というわけですが、


現代の考え方、あるいはサイエンスのやり方、考え方は、

結果があれば、原因がなければならない・・・


むしろ、何らかの原因が必要のようだ。(科学的な)


どうにもこうにも原因を作る、という手法になりつつあり、

それが、科学の行き詰まりとも言える。現代医療も同じく。


自然のなりゆき、当然であるものとしての結果より、

原因を探求していく為には、科学だけでは限界があるのでは?と思う。


人間は、科学ですべて解明できる程、簡単ではない。

結果ありきの、なんだかこじつけのような原因の探求では

なおさら難しいことと思われる。


オステオパシーには、その先に必要であろう思想、哲学がある為、

探求の前進を止めることなく、掘り下げる事が出来るのだと考えられる。


ナチュラルにしても、科学的だとしても

現実の日常では大なり小なり結果が連続的に生じているわけで、

大きく結果を意識することがあるとすれば、


歴史的な大きな流れとは別に

個人的には、自身の想像したストーリーの変化を

求められた時ではないだろうか?


いわゆるターニングポイントですね。


人間は過去を遡及し、未来を予測、想像する。

上手くいく、いかないは別として、

ある程度のストーリーを想い築く、

それが今現在の自分である。


その思い描いたストーリーと結果が違い過ぎた場合、

新たなストーリーを築く事が求められる。


未来は予測不可能な不確実なものだと前提に考えると、

現実的な大小の結果よりも、自分自身の中で起こった

ストーリーの屈折に対する、自分というのが大切なのではないかと思う。


予想とは違う、変化にちゃんと立ち向かえるパワーある自分かどうか、


そのパワーの不足に対して、

治療では、再びパワーある自分として未来に進めるよう

気付いてもらう、あるいはそうなるようパワーを与える。


しかし、そもそもそのパワー不足はどこから来ているのか・・・


たとえば、過去のトラウマより、本来の力を妨げらているのかもしれません。


あるいは、現在、ストレスの多い環境に置かれているのかもしれません。


原因は様々ですが、現実としての結果はひとつ、


治療に限っていえば、何らかのカラダの不調ということです。


現実的な結果より、今現在の自分の中の想いが

どうであるかが、肝心なように思います。