感覚としての理解

今まで変わらなかったものが変わることに、

または、自分の中の常識以上の事柄を理解出来ない

 

という戸惑いは、回復力を制限する。

本来なら、もっと回復するのかもしれません。

 

妨げているのは、

治りたいと思っている本人ということもあり、

どちらにしてもカラダの変化を受け入れる事は、

 

理解するという意味でも重要なことと思う。

 

理屈や理由なく、直結するという意味で、

大人より子供の回復力の方が強く示される、とも考えられる。

 

この際の理解とは、頭による解釈というよりは、

感覚としての理解、どちらかと言えば霊性の領域に近いのでは?と思う。

 

つまり、今までの常識では捉えられない部分と言う意味での霊性の領域。

 

そして、頭とは別の部分で考え理解するということかもしれません。

 

このようなお話は誤解されることが多いのですが、

人間の特性として、これらの部分が治癒力にも関係しているようです。

 

たとえば、本が一冊あり、

誰が見ても、ただの本ではあるが、

自分にとっては、思い入れがあり、本以上の物かもしれない。

 

思い入れという背景・・・

その本以上の価値を感じる部分は、

 

頭でしょうか?心でしょうか?

 

それとも、言葉にならない別の部分でしょうか?

 

人間は頭の理解だけでは生きてはいない・・・と、思います。