能力と理解と感覚

ひとつの流派からの治療法で、

ほとんど、全てのことが解決されればいいのですが、

やはり、治療法には性格、性質があり、

 

それぞれを使い分けなくては、

それぞれの症状、病態にスムーズに対応出来ないと考える。

未熟と言われればそれまでですがw

 

そう、熟練度によっては対応出来るのだろうが、

術者、患者ともに無理なくスムーズに対応出来る

ということがポイントだと考える。

 

ときに複雑な治療法は、術者への負担になる

もちろん患者さんにも・・・

 

つまり、けっきょくは術者の能力の高さであり、

テクニックうんぬんではないということ。

 

治療内容はとても重要です。

そして、さらにその治療内容を使いこなす為の

術者の努力はもっと大切です。

 

テクニックという意味では誰にでも出来るが、

使いこなすという意味では、努力した者にしか使えない。

まぁ、あたりまえの事ですが・・・

 

使いこなすということは、

理解であり、経験であり、直感的なセンスであり、

そして身体的な能力の高さであったりと、

 

複雑な治療法程、これらが求められる。

 

目に見えた部分は、同じかもしれないが、

行っていることの内容には大きな違いがある・・・

と、改めて深さを感じる。(浸透するという意味での深さ)

 

自分自身、ときにこんなやり方で治るのだろうか?

と疑うほど、見た目にはアクションが少ないがw

 

結果が全ての答えだと、この治療法を信じている。

(信じることが物事を是にも非にもする。自分次第。)

 

治療する側である自分が、時々、不思議に思うのだから、

治療される側はもっと、不思議どころか理解不能なことだろうw

 

考えるな、感じろ!と、イスラエルの先生も言っていたよ・・・

 

そんなもんだねw