考える動物

「今のところ大丈夫」とか、

「とりあえず、様子をみましょう」とか、


これらは、ただ今現在、大きな状況変化が無いという判断からの言葉であり、

将来の見込み、可能性は含まれているのである。

けっして、「もう、大丈夫」「問題はありません」という意味ではない。


つまり、良い悪い別にして、将来的な変化への予測に対し、

引き続きの検査等が、少なくとも必要では無くなったという意ではない。


そう、今現在、症状が大きく動くことはないが、

問題はちゃんと存在しているのです。


ときに人間は、安心を求めるばかり、

自分の都合の良いように言葉を解釈する。

しかし、直球としての言葉の重さは回避したつもりでも、

現実のリスクはそのままであることは忘れてはならない。


別に不安を煽りたいわけではないがw


言葉から逃げたところで、

問題を解決したことにはならないわけで、

ひとつ、ひとつ問題を対処していく以外ないのです。


言葉の重み、責任は、もちろん治療者側の方が大きい。


だからと患者側が、何も考えないで良いということではなく、

自分自身のカラダであることは間違いはないのですから、

自分自身で慎重に考えることは、とても大切なことだと思います。


責任や保障も、ほんと言葉でしかない・・・


損得や打算を巻き込んでみても、言葉は言葉である。


失ってしまった後では、

どこ行く風・・・というくらい気休めにもならないのが現実である。


だからこそ、人間は考える動物である。と〆たい。