絶望の共有

ビジネス、マーケットの枠に囲われた

現代医療の占めるニーズの一致は最終的には、

治したくない術者と治りたくない患者の一致なのでは?と思う。


奇妙なことにベストチョイスが、

そのような医療の矛盾になってしまうように思える。


そうでなければ、比較的に

術者側の治したいと、患者側の治りたくないの一致であり、

患者側の治りたいと、術者側の治したくないの一致である。


どちらにしても、治したいと治りたいの一致は少ないと考える。


様々な個々の理由があることだろうが、

治療に専念出来ない状況は、健康の妨げとなる。


希望を知る為には、絶望を知ること・・・

と驚かせたいわけではないですが、


絶望からの希望の共有は、

自身にとっては一つの確かな答えを導くことと思う。


「本当に大丈夫かな?」と心より不安になって

はじめて心身共に行動に移すことはよくあることです。


動かない心のままでは、術者患者共に、


治したくない、治りたくないと、

あまり変わりがないと考えます。


本当に治したいときは、治りたいときは、


心から動き出すと、思われます。