意図的と必要性

そもそも、

治りたいと思っていなければ、

つまり、治ることに意識が向かってなければ、

治ることは難しい・・・当然ですが。


それは術者も同じく、治したいと思っていなければ、

そもそも治癒に結びつけることは難しいばかりか、

治療としての効果はなく、本来の患者自身の治癒力任せでしかない。


どちらにしても、治癒力任せには変わりはないが、

術者が意図するか、意図しないか、という違いは確実にあり、

それを否定したら治療なんてものにそもそも必要性が生まれないのである。


しかし、あたりまえのことではあるが、

ときに意図する変化が見えないくらい、

強力に自然の法則が働くことがある。


傲慢になるつもりはないですが、

そのように自然の力にどうにもならないときも当然ある。


だからと、諦め治療を辞めることが、

自然が望むことだと決め付けることこそ、

治療の必要性を放棄することになると考える為、


身体のシステムが少しでも正常に機能するように

ひたすら意識することが、術者側にとっての治療なんだと思う。


たとえ、治療効果が作用しないとしても。


それ以上に患者側の方が、

苦しい瀬戸際で努力しているのだから、

治療の放棄程、失礼なことはないと思われる。


求められただけ、与える。

ただ、それだけのように・・・

けっきょくは、そのようなシンプルな考えに行き着く。