新年

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

 

さて、大雪の新潟から、

うまいこと?無事に埼玉に戻ることが出来て

まずは、安心しておりますw

 

実家に帰りいつも?時々?思うことは、

職業としての自分のまえに、人間としての自分、

つまり、治療家である前に、何者であるのか?ということ。

 

深い意味ではなく、今、自分は何者として振る舞っているのか、

実家で、家族を治療する際、何者として治療しているのか・・・と、

そんなことを改めて思うことがあります。

 

何故なら、多面的である自分の中でも、

そんな自分(家族に対しての)で皆様にも治療を出来たら良いなぁと思っているからです。

もちろん、他人同士、会話や振る舞いは他人行儀ではありますが、

治療の際の気持ちは、そのような気持ちが治療を成功に導くと思っております。

 

治療家の前に一人の人間して、何者なのか・・・

 

治療技術を作り上げてゆく一方で、同時に磨くべき課題ですね。

 

そう、たとえば建前やウソ、

どんな仕事でも必要なことでしょう・・・

しかし、それは職業としての自分では成立するのですが、

その前の一人の人間としての自分では苦しいことだと思います。

 

たとえ仕事だとしても、時間の試練は訪れる・・・

 

たとえばウソは、そのうち暴かれる。

治療に重ねますと、明確に、結果として現れることでしょう。

 

治療内容、治療技術は大変正直者です。

ウソをついているとしたら、術者ということですw

 

加えて、失礼ながら患者さんにも容疑の目は向けられる。

 

カラダの知性に偽りがない限り、

 

偽るとしたら、術者か患者か・・・という具合ですw

 

その為、術者側は技術を磨き、

患者側も努力に勤める・・・ということになる。

 

そう考えると結果は必然だということが分かる。

 

必然に近づける為の最善を探し集めることが治療であり、

 

治療家としての仕事、そして治療家であるまえの自分にとっても、

必要なことなんだと、仕事を通じての成長という意味を理解する。

 

よけいなことをダラダラと書きましたがw

 

まとめますと、他人を家族と同じように治療すること、

そして、その治療は家族の健康管理にも行える内容でなければならない

(医療従事者にとっては、分かる人には分かる重要なポイントだと思います)

つまり、職業を越えて誰にとっても大切な治療であることが・・・

 

すべての自分にとっても、何よりの証となる。

 

と、言い切れる、また自信を持って、

他人にも家族にも偽ることなく行える治療内容に成るように、

 

今年もまたコツコツと努力致します。