視点の違い

様々なストレス、アレルギー、エネルギー問題、

そして精神、トラウマ、感情、さらにその深くからの視点より、

人間のカラダの不調和を観察していると・・・


既存の医学で見えているものと、

実在する本質との違いを強く感じる。


それは、人間のカラダが肉体だけではないということ。


肉体は、精神、感情、エネルギー体、魂、霊体などの

目に見えている部分でしかなく、

カラダのほとんどの不調和は、その外面ではなく、

内面で起こっているということ・・・


症状、病態は肉体という外面に現れる。

既存の医学では、外面の処置に力を注いでいるが、

同時に必要なことは内面へのアプローチではないか?


現代人のほとんどが、

その答えに薄々辿りついているのかもしれない・・・

しかし既存の医療には、そのアプローチ方法がない。


つまり医学で診ていることと、

我々、治療家が診ていることは違うということであり、

治療家は、その内面へのアプローチに力を尽くしているのである。


いつのまにか、医学は科学を根拠に

これらの本質から目を背けるようになった・・・


治療家はあいかわらず本質だけを追求している。


探求心からいえば、どちらが科学者に向いているのか?

道は違うとしてもお互いそれぞれの本質を解明しようとしている。

そういう意味では、どちらも科学者向きである。


ストレスがフリーになることが無い

むしろ増すばかりの現代において、

ときにストレスは必要であると、おっしゃるお医者様も居るようだ・・・


たとえば、重力という負荷のことを言っているのか?

あるいは人間関係によって築くメンタルの強さのことを言っているのか?

詳しくは分からないが、フリーになることはない以上、何とも言えない意見である。


臨床の限り、不調の原因の多くがストレスであるということは、

患者さんのカラダの反応より明らかであるし、


ストレスは蓄積していると考えれば、

必要以上、つまり個人にとって耐えられないストレスは、

効果を示さない薬のように、毒、害であると考えられる。


電磁波、ジオパシックストレスなど、科学的な根拠に

辿り着かないからと、否定してしまう場合もあるらしい・・・

(一般的な常識から考えたら、そうなるのでしょうね)


証明が無い限りは、仕方がないと従う姿勢は、

科学者や医師というよりは、運命論者側に近いとも言える・・・


人知で理解出来る範囲は限られているとは言え、

その姿勢、態度は、いつでも本質を追求するものであってほしいと思う。


放棄は、もちろんだが、何も考えないが為の無知により、

人々の健康が左右してしまうことだけは、あってはならないと考える。


医学における原因不明、難病とは、医学的な理解外という意味であり、

その他の視点から見れば可能性がある・・・

ということは少なくはない事柄です。