結果

結果は誰にも分からないにしても、

たとえば症状が悪化したという事実に限って言えば、

少なくとも、そこに至った経緯、選択の中に

正しい答えは、無かったと言える・・・


よく一流のスポーツマンは、

どれだけミスをしないかが良い結果を生むカギ

というようなことを言う・・・


つまり、どれだけ選択を誤らないか、

という事が、それが正しいかは別として、

良き答え、良き結果に繋げるということであるようだ。


正しいか、どうかは、

結果を見てみないと分からない・・・


どちらにしても、選択を誤らないこと、

減点方式はシビアに健康に現れる。


逆を言えば、減点を加点で補えば、

少なくとも、悪化は防げるのではないか?と、

単純に考えられることも出来る。


しかし実際は、そんなに単純ではないが、

そのような単純な方法がカラダに対しても採用されることは少なくない。


たとえば、血圧が上がったら、薬で下げれば良いとか、

骨が右にズレているから、左へ押し込めとか、

筋肉が硬いから揉んだら柔らかくなるとか・・・

けっこう一般的に広く原始的な思考で考えられているようだ。


たしかに単純な事にも一理はあるが、

一方で、複雑な思考を避ける為の思考停止とも言えるのだ。


治療はシンプルで効果的なもの程、良いとは思う。

しかし、そのシンプルに至るまでの経緯は本来とても複雑である。


複雑を知ってのシンプルとシンプルしか知らないシンプルとでは、

雲泥の差であり、ただの単なる中身の少ないものでしかなくなる・・・


選択肢も、少ない中の一つより、多い中の一つでは、

選んだ答えがたとえ同じであっても、その経緯には違いが生まれる。


限られた結果としてしまうかは、

限られた選択肢しか整えられない

自分自身の単純化された思考の幅と比例している・・・


自分自身にとっての正しい答えに、

自らを導く為には、少なくとも今までの幅では、

少し足りないようなのだ・・・


もう少し広げることが、健康にとっては、

良い結果に繋がりやすいと考える。


結果は誰にも分からない、

しかし、結果を少なくしているのは自分自身と言えるのです。