知性

最近の賢さと言えば、

リスクを背負わない、より効率的に、

壁を登りも、壊そうともせずに

誰かがアクションを起こすまで傍観する・・・だろうか?


そう、世間で言う賢さとは、つまりは自己中心でいて、

そしてスマートにこなすことが、良いモデルらしい。


だが、そんなことを皆々が、行っていたら・・・

この世の中、低リスク、低リターンの

特別に得る物なしの、人類としては、

あまり価値を感じない時間だけが過ぎ去ることになるだろう。


すでになっている。

医療に限っていえば、ここ数十年がそうだったと言える。


進歩とは、なんなんだろうか?

ただテクノロジックに仕立て上げ装飾すればいいのだろうか?

本質は変わらないにしても、

常識、前提をさらに飛躍させて行くことではないのだろうか?


その賢さは、知性を感じる嗅覚にも優れているのか?

マッサージを効率よく行い、なおかつテクノロジックに装った、

ウォーターベットに進歩という知性を感じているようでは・・・

鼻詰りである。と個人的には思う。


そのような鈍感なセンスが、今の世の基準であるならば、


今の世の賢さに知性は見られない、あるいは疑わしいと嘆きたい。


少なくとも自分は、そんな鼻詰りの自己満足に

踊らされるつもりはないので、知性に溢れた投資を続けたいと思う。


壁は立ち止まる為、ただ、ぼーっと眺める為に目の前にあるのだろうか・・・


せめて、その壁の上で前後の景色を見渡すくらいの余裕で、

出来れば前方に向かって飛び降りる勇気を持ちたい。


そのチャンス、縁があるのならば、

迷うことなく、知性ある投資をし、自己を満たしたいと考える。


右向け右からの脱却とも言える。