健康の矛盾

きのう、風邪を長引かせ、

ヒドイ咳に苦しむ患者さんがいらっしゃった。

ガラガラだった声も、不自然な呼吸も、

帰る頃には、楽にしゃべれて、呼吸も楽に出来るようになった。


この患者さんは、薬を飲み続けても効果がなく、

一番、ヒドイ状況で来院した。(本来ならヒドクなる前に治療すべき)


薬は作用しなければ、言ってしまえば、ただの毒である。

薬と毒の違いがあるとしたら・・・

薬は致死量をコントロールされているということだけでしょう。

大袈裟に極端に言えば、致死量をコントロールされた毒である。


何故なら、その薬の作用をきっかけに実際には、

自分自身の治癒力で治すからです。


どちらにしても作用しない薬は内臓に負担をかけ、

よけいに治癒力の妨げになることでしょう。


薬は必要です。ただし、ちゃんと作用することが前提です。

それは全ての治療に言える条件ではありますが、

内臓に無駄に負担をかける。に関して言えば薬の右に出る物はいない・・・

そう言える程、薬の作用は大きいのです。


カラダの生理作用を強力に一部分だけを変えるということは

想像以上にとても強い影響力を持っているということです。


薬は飲むのは簡単ですが、後始末は、

もしかしたら生涯かけても処理出来ないかもしれません。


現代人は薬に良くも悪くも慣れ過ぎました。

その依存、中毒は、もはや自分自身の治癒力を忘却してしまう程です。


自身の治癒力を信じられないばかりか、疑いさえしている。

医学の父と言われたヒポクラテスの時代より現在まで、

自然治癒力により病気は治っているという本質は変わることはないのです。


その自分自身の治癒力を信じることなく薬にすがる姿に

ヒポクラテスも涙・・・でしょう。


特にきのうのような患者さんには内臓を調整することが必要になる。

何故なら、内臓の活力が自然治癒力を引き出す為には不可欠だからです。

その内臓に負担をかけているのが薬ですよ?


誰が得をすると言ったら、患者本人ではなく、製薬会社の方々だけでしょう。


たとえば、見栄えを良くする為に果物や野菜に農薬を使う。

しかし、最近、人々は安全である無農薬野菜、果物を健康の為に、

あるいは、潔癖過ぎるのか、流行なのか、どちらにしても強く希望している。

(見栄えも求めるが無農薬も求めるという矛盾はあるがw)


では何故、自身のカラダには無薬が基本にならないのだろうか?

健康の為に無農薬野菜は食べるが、深く考えずに抗生物質などの薬も平気で飲む・・・


健康の矛盾。


野菜や果物と、カラダは違うのだろうか?同じ生物ではないのだろうか?

それとも人間様だけは、少し違うのだろうか・・・謎である。


コレは良くて、アレは悪い・・・

基準に一貫性が無いという意味で、社会的な統合失調と言える。


いつまで経っても、疑り深いトーマスでは、

治りはしないということです。


最終的には、自然治癒力が治している事実を

もう一度、思い出すべきです。