妨げ

どちらかと言えば、「治りたくない」

そして、「治したくない」という、

ある意味の負の利害の方が一致してしまっているのだ・・・

 

その背景には、やはり損得勘定、

つまり利益がどうしても絡んでくる。

 

その引き剥がせない強く染みついた心理は、

医療全般の本懐を歪ませ、根底として、

今では本懐に変わるものにさえなっている具合である。

 

商売である以上、経営を重視することは当たり前なのですが、

綺麗事だと言うことも十分に分かっておりますが、

 

このような負の利害の一致が、公としてまかり通る社会の構図では、

救われるものも救われることなく、ただ虚しいということです。

 

アメリカで西洋医学からの執ような企てによって、

オステオパシーが骨抜きにされてしまったように・・・

同じく日本でも現代医療と科学という根拠に

人々の思考は、考えることを停止してしまっているのです。

 

対応する術があるにも関わらず、

盲目にされ、なおかつその根拠が脊髄にまで浸潤している為、

もはや、反射的に狭い思考の中だけで活動原理を決定してしまっている。


患者側からしてみたら、治りたくないわけない・・・

そう思われることでしょうが、

圧倒的に本気ではない方々が多いと実感している。


本気の方々は、少なくとも「治したくない」治療は受けない。

あるいは、治らない治療法を選択はしない。


患者側が「治りたい」と思い、

術者側が「治したい」と思う。


そのような正の利害の一致が、

あたりまえなのですが、あたりまえのようにまかり通る

そのような社会構造へと、ちゃんと、変っていってほしいと願う。


真面目な方々が、損をするとか、馬鹿を見るとか、

ルールは破る為にあるとか、本気を出してなんになる?だとか、


そのような、つまり今だ幼い会話が行き渡ってしまう社会構造のうちは、


素直な利害の一致は、なかなか生まれないということだろう。


妨げているのは、自分自身かもしれません。