疑問

決断とは、必ずしも、

それが正しいということではない、

自分自身にとっての答えなのであり、

良し悪しとは別次元の話であります。

 

では、決断する決め手とは、いったい何なんでしょうか?

一つは、歴史からの経験より学ぶもの、

また一つは、自身のこれまでの人生経験から学んだもの、

そして、常識、感情、状況などを加えた総合的な値となることでしょう。

 

少なくとも、誰かに決めてもらうことは、

よほど特殊な状況でもない限り、自分自身の決断とは言えないと思う。

 

自己判断も時間に関係なく、

複雑な組み合わせによりされることでしょう。

日々、判断の繰り返しの中、

ひとつの節目とも言えるような決断は、

大小に関係なく少しそこに加わるエネルギー量は多いようです。

 

つまり、なかなか決断までに至らない背景には、

実質的な心身に蓄えられたエネルギーの不足とも考えられるのです。

 

エネルギーは、パワーとも世間では言われます。

 

案外、世間では目には見えませんが、

言葉としては認知されているようなのです。

 

しかし、いざ治療法となると、エネルギーなどと言うと、

なんだか、怪しく思われるようですw

 

つまり、けっきょくは総合性に欠けるということです。

ひとつの側面では認め、また違う側面では認めない。

(一慣性に欠けることは無理もなく、どちらかといえば、

まとめる力、総合力の不足でしょうか)

 

このような人間の矛盾は、あたりまえの事とはいえ、

あまりにも、そのギャップが激し過ぎると、

一言、萎えるということです。

 

世の中が便利になればなる程に、

そのような傾向であると、そのように感じています。

 

ようは、判断も決断も誰とも知らない他人任せであり、

自分の体験すら信じられないような、思考停止状態が、

個人ではなく、全体に蔓延しており、

それが悪習慣として常識にまでなっているということでしょう。

 

個人的には、その風景をおぞましく思い、

そして絶望しているのですがw

 

少しでも希望に変えてみようと、

四苦八苦と、もがいているという具合です。

 

単純にエネルギーが、パワーが、なければ生きることはできません。

皆様は、いったいどうやって生きているのでしょうか?

その便利もエネルギー、パワーから成り立っているのですが・・・

 

ほんと、素朴な疑問です。