才能

願いは、ときに残酷・・・

願いを叶える為には、失う物もあるという意味、

または、必ずしも自分の理想とする、

都合の良い結果とは限らないという意味でもある。

 

しかし、それは一つのことに限定してしまっている為とも言え、

願いは、時間と共、そして何かしらの結果次第で変わってゆくものと、

あらかじめの前提さえあれば、むしろ可能性は広がりを覗かせてくれると思う。

そうして新たな願いへと繋がる・・・と考える。

 

 

今まで挫折や諦めのような感覚に陥ったことがない。(仕事に関して)

何故なら、本来、自分にはたいした才能は無いと自覚しているゆえ、

ほんと、コツコツと亀のように進めばいいと、はじめから思っているからだ。

 

だから、たとえばセミナーなどに参加して、

内容が難しいからと、諦めてしまう人の気持ちがあまり分からない・・・

どちらかと言えば、簡単にチャンスを手放してしまうことの方が怖いからだ。

 

それぞれの性格、価値観など、様々な要素を考慮しても、

ほんと、もったいないことと思うだけだ・・・

 

学びは競争ではない、しかし人生には時間が限られている。

限られた時間の中で、どれだけ真実に近づくことに耐えられるかどうか・・・

 

努力よりも忍耐力が必要と思う。

自分自身の孤独と向き合うという意味でも同じく必要と思う。

 

近づけば、近づくほど、

今までの経験が無駄とは言わないが、

新たに作り替えられるていくという意味で、失われる。

 

新しい価値観へと変えてゆく過程には、苦しみも伴う、

楽な方へと行くのは簡単?しかしチャンスは得たい・・・

そのように左右に揺さぶられる葛藤という、いわば甘味も含んだ苦味は、

どう味わうかは自分の味覚次第だが、どちらにしても甘味、苦味両方の

味蕾が刺激されているということだ。

 

その刺激が、探求心だと気づいたのならば、

努力も忍耐力もほんとうの意味で活かされると思うし、

何よりも、忘れられない味として、カラダの芯に記憶されることだろう・・・

 

大事なことは、これだ!と思う。一品を口に運ぶこと。

想像していた味とは違うかもしれないが、

他には味わえない一品であることには変わりはない。

 

ろくなものじゃないものばかり食べる習慣が舌に染みつくと、

その味蕾の味覚は衰え、刺激すら感じない、気付くことが出来ない様に

なっていき探求心も向上心もすっかり失われていくという具合だと思う。

 

一流のシェフ、料理人の作った一品は、

やはり、どこかが違うのだ・・・

 

それを知る為には、努力と忍耐力が不可欠でしょう。

 

才能も自分次第で作っていけると思えば、

案外、時間を忘れて楽しいものだと思う。

 

才能は何も持って生まれてこなければ、無いというわけではない。