無形

人の手で出来ることの限界、

逆に道具を使い出来ることの限界、

それぞれ不足する部分を補い、ひとつの目標を目指す・・・

 

しかしながら、量子力学的には、

人の手が、つまり手技があるようでいて無く、

道具があるようでいて、無い。

 

つまり、無形の治療ということでしょう。

 

その基礎となるのは、有形であり、

あたりまえですが、有形の手技が分からなければ、

無形の手技も使いようがない。

 

見て、聴いて、感じることを

ひたすら繰り返し学ぶ意味は、

無形の感触を得る為、あるいは無形の有形の技とする為。

 

カラダに触れない治療が、凄い治療とは思わない。

有形の無形、無形の有形だからこそ凄いと思う。

 

精神アプローチが凄いわけではない、

形なきものを形あるものに反映させるから、

逆に形あるものを形なきものに反映させるから凄いと思うのです。

 

いわば表裏一体、そして変化自在の技だからこそ、

学びがいがあるというもの・・・

 

スラスト?とか、凄いと思っていた

若き日の自分が懐かしいw

当時は、そういう技術を習得しなければ、

カラダは治らないものと・・・

今思えば、ずいぶんと狭い世界で生きてたいものだ。

 

まぁ、そのような経験があってこその今とは言え、

それにしても狭い世界だったと思う。