根本治療

悪循環、または負の連鎖、

そのようなカラダの生理作用にとっては、

異常な流れを正常へと変換していかなければならない。

 

その連鎖が、たとえばアレルギーに繋がり、

そのアレルギーは、構造や精神を乱し他のストレスを助長したり、

さらに構造や精神のアンバランスがアレルギーを深めたりと、

 

ズルズルと繋がる下降するスパイラルを、どこかで止め、

正常なスパイラルとして少しでも上昇、持ち上げることが治療となる。

 

このように複雑な悪循環に陥った患者さんの場合、

当然、病態、症状は根深く、

 

一つの治療法だけでは、

治療が苦しいことでしょう。

 

様々な状況に対応出来るだけの

技術の数は必然と必要になる。

 

それも、単にメカニカルアプローチの技術ばかりではなく、

エネルギー体、そして精神体に対しての技術も揃えなければ、

個人的な感覚では、治療にはならないと考える。

(根本治療を目指すのなら不可欠であるという構えです)

 

根本治療を目指すということは、

患者さんの人生を変えるような成果を探求するということと考える。

 

大袈裟と思われる方もいらっしゃることでしょうが、

そのように術者が技術を研磨しなければ、

あたりまえですが、そのような奇跡には到底近づけない。幻でしょう。

 

奇跡とは、努力し求めなければ、

ただの可能性でしかない・・・

 

奇跡となるような期待ができる

探求をする以外ないということです。

 

実際に、そのような患者さんがいる限り、

少しでもお役に立てるように、研究、学び続けることが、

 

治療とは別のもう一つの仕事であると考える。

 

そして、一番重要なことは、

様々なこと含め、賢く学ばなければ、

無駄な努力になるということです。

 

学びには、時間とお金がとてもかかる。

 

同じ時間とお金ならば、当然ながら賢く使う、投資するべきと思う。

 

つまり、期待がある前提の探求であるということです。賢くあれ。