サポーター

今まで、あたいまえだと思っていたことに

疑問を持つことは悪いことではない

 

少なくとも、それは単なる批判ではなく、

探求心に駆られるものならば、

なおさら、必要なことと思う。

 

世間一般の整骨院等では、

今だサポーターなるものを

薦めているようだ・・・

 

慢性的な関節症では、そのような傾向が多いと思う。

腰のコルセットも同じく、たとえばギックリ腰の予防のつもりらしい。

だとしたら、予防の為とは言え、腰周囲の組織に不必要な圧迫を加え

循環を妨げていることに疑問は持たないのだろうか?

 

痛みの発生に浮腫が関係することがある。

浮腫は体液の循環が何らかの原因で滞るため起こる・・・

 

たとえば、骨折などで、固定という安静が必要ならば

分かるが、今現在、痛みもないのに固定するという意味が

少しよく分からない。

 

たとえば、お御輿を担ぐ時、それこそギックリ腰にならないように

腰に晒しを巻く。腹内圧を一定に保つ為に・・・

これならば、予防としての目的と手段がよく理解できる。

 

確かに固定をすれば、関節が安定するだろう。

しかし、安定しているだけで、負荷が加わらないわけでもなく、

固定によって安静を保つという意味ではその通りですが、

治療をしているということにはならないと考える。

 

さらに、患者さんが痛みを普段より強く訴える場合、

包帯を巻き、そしてそのうえサポーターをするとか・・・

 

安定に安定を重ねて、安静を確保する。

 

一方で、正解のようだが、

治療ではないという意味では不正解。

 

正解、不正解は別として、

個人的な答えを出すとしたら、楽になるまで

出来る限り治療を施すということに尽きる。

 

サポーター等で心理的な安心を得ることも

大切だとは思いますが、

その安心の背景は、「これ以上、悪くならないように」という

どちらかといえば、ネガティヴな思考の裏返しであり、

実は後ろ向きな姿勢だと考える。

 

どうせなら、

サポーターに依存しない本来の生活に戻る為に

出来る限り治療していく、つまり治す気でいてほしいと思うのです。

実際、その僅かな意識の差が治癒力に影響している。

(たいがいの人はそんなわけないと思うかもしれませんが)

 

たしかにモチベーションを保つことは大変ですが、

 

良くなっている患者さんの多くは、

そのように強い意志を示した方々ばかりと、

自分の経験の限り、記憶している。

 

それにしても、

世間でやれることが、

今だ、固定くらいという現状が嘆かわしいと、

同業者として、そのように思う。

 

やれることが無いくらい虚しいことはない

つまり、ハッキリ言えば役立たずである。

 

そうはなりたくないから、少しでもお役に立てるように

学び、工夫を練り努力する。

 

ほんとうにサポートしたいのなら、

サポーターを薦めるのではなく、

治療でサポートしてあげてほしいと思う。

 

そのようなつもりでいつも治療しております。