探求

限定された意識は、

その枠内でしか働きを見せない。

限界はあるにしても、

限定する理由にはならず、

限界の幅を広げることに勤めるのみ・・・

 

その為の技術の探求である。

 

より良い技術を求め、

限界の幅を少しでも広げていくことが、

治療にも直結することでもあるが、

治療家としての、もう一つの仕事と考える。

 

ひとつの流派を極めるには何十年、

あるいは一生かかっても無理かもしれないが、

 

技術の可能性は、

何も、ひとつの流派に限られたものではない。

しかしながら、重要なことは、

可能性がある技術ということ・・・

 

いわば完成してしまったとする技術ではなく、

あらゆる可能性を秘めたものを前提とする。

 

そうでなければ、無意味とは言いませんが、

少なくとも興味の対象とはならない。

 

本質は変わらない

 

しかし、その部分への挑戦は、

やりがいあるものであり、

 

そして、その部分に限って言えば現代科学と

同じ方向を向いていると思う。

 

治療を科学に当て嵌めることは難しい。

 

治療は1回、1回が一期一会的性格、

科学の定義である再現性とは対極に位置している為、

交わることは、今後も難しいことと思う。

 

別に科学的な検証を求めているわけではないがw

 

科学への信仰が根強い現代では、

理解者を増やすという意味として

必要なことかもしれないと、一方で思う。

 

そのかわり、科学的に傾けば、傾くほど、

治療技術が失われるという矛盾も孕んでいる・・・

 

まぁ、失われるくらいなら、

治療技術は独自の道を歩むでいいと思いますが。