体験

普段、クラニアルの手技はあまり使わない為、

セミナーで、改めて復習し練習したら手首が痛くなったw

 

普段、使わない手の使い方をしたため、

そのまえに、それだけ手技の型が、

まだまだ、カラダに染みついていないということ。

(未熟でスイマセンw)

 

痛みは、なんらかの筋膜デストーションだったと思いますが、

脳の今ある認識をチェンジしたら、ほどなく痛みは消えた。

 

痛みはもちろん、関節可動、筋膜の制限もとれた・・・

 

なにも物理的に力を使う必要もない。

 

けっきょくは、すべてを司る(肉体の)脳へのアプローチは重要であり、

肉体に限っていえば(たぶんそれ以上)患部と脳を繋げるのは呼吸。

 

フルフォード博士が、何故、呼吸の重要性を強調していたのかが、

今回のセミナーで、なんとなく分かりはしないが、感じた。

(呼吸はすべてを繋げるヒントと思う)

 

そのようなヒントを探しにセミナーに参加するわけだから、

とても、良い時間を与えてもらったと感謝しております。

 

世間では、このような話を、気のせいだとか、プラセーボだとか、

まやかしだとか、そのように感じるようだ・・・(医療従事者に限ってそうw)

 

とても残念な認識であるが、

他人のことはどうでもいいw

自分の研究が前進さえすれば、ホント他人の価値観は関係ない。

逆をいえば他人のやることに関心が無さ過ぎて自己反省するw

 

潜在意識だとか、目に見えない部分は説明が難しいが、

そのような事実があり、その前提で、

成り立つ療法もちゃんと存在するのである。

 

個人的な意見として、

むしろ科学的になればなるほどに治療は難しいと、

自ら難しくして、手がつけられないようになると思う。

カイロプラクテックにしても、リトルジョンのオステオパシーセンターにしても、

学者にでもならなきゃ分からないくらい複雑だと思う。

(頭が悪いといわれればそれまでですがw)

 

難しい理論がなくとも、(ある程度は必要ですが)

自然の法則に従えば治療となるし、

受験勉強のように必死にナニカを詰め込む時間があるのなら、

自身の能力を鍛える時間も作った方がいいと個人的には思う。

(詰め込むだけでは治療する前に自分の頭が変になりそうw)

 

もちろん、知識は必要ですが、

カラダを触って、問題が分からなければ、

言ってしまえば知識も役立たず。

 

どんなに科学的ですばらしい治療法でも、

患部を探し出すことが出来なければ、宝の持ち腐れ。

適応さえできない。

 

どんなに素晴らしい技術でも

地図もなく、手探りならば、

キツク言えば赤ん坊といっしょと思う。

 

意識の力を鍛えることは重要である。

 

本ばかり読んでいても

知識にはなるが、体験には、経験にはならない・・・

 

体験こそが、すべてと思う。

 

ボクの場合、本を読まな過ぎて問題w

たまには、本を読む時間を作りたいと思いますw