可能性

きのうグリーンハウスで

WTS臨床研究会がありました。

 

帰宅し、日本文理(新潟)が、

力及ばず負けていて、「あれっ?!」という感じでw

残念でしたが・・・でも、全国のベスト4ですから

スゴイことには変わりないですね。良い夏でした。

 

 

お互いの経験を何パーセントの割合で、

ある程度の擬似体験として、数パーセントの自身の経験とするかは

それぞれの意識次第でしょうが、

 

どちらにしても、今後に活かせなければ無意味。

 

しかし、将来的に体験があるであろうと予測する中に

今回の情報の存在は、どこかで役に立つ・・・

という意味で、意義があった研究会でした。

 

まわりくどい言い方ですが、

つまり、けっきょくは自分自身で経験しなければ、

分からないということです。

 

どんなに他人の言葉を伝え聞いても、

自分自身の体験に勝るものはない

ということが信条であり、基本的な考え方です。

 

逆を言えば、

どのように活かせるのか

楽しみとも言えます。

 

このような感情が、

学び続けるうえで大切かと思うのです。

 

治療はもちろんですが、

学びにも将来的な可能性がなければ、

術者、患者ともに救われない。

 

本来なら、こういう場面で

イノベーションという言葉を使うべきと思うw

 

イノベーションの使い方も

どうにかなってる、ちょっと違う、というのが現代社会。

 

年々、将来の想像が難しくなり、

目先のことしか見えづらい

長期的な感覚に盲目な現在ですが、

 

それだけに何においても

可能性を感じることが、必要なこと(基準)と思います。