最善

先日、母親の治療の為、

新潟の実家に行ってきた。

 

思ったより、

湿度も気温も低く、

とても過ごしやすかった。

 

風が気持ちよく、

緑に溢れ生命力、今が一番!という感じの田舎の自然、

山と海に囲まれた我が生まれ故郷は、

やはり良いと、しみじみと思った。

 

母親はリウマチだが、

特別、つまりリウマチだからと、特殊な治療をするわけではない。

いつも通り、ふだん患者さんに行う治療法と同じである。

 

言いたいことは、

今現在、自分の持っているスキルを

ちゃんと信じているということ。

 

身内だから特別な治療とか、そんなものは無い。

誰にでも同じ治療を施す

出来る限りの最善を提供しているという意識です。

 

たとえば、医療従事者が、

身内だからと、ふだん患者に薦める治療法を回避し、

より良い最善を探す・・・

ふだんなら手術を薦めるが、薬を薦めるが、他の最善を探す・・・

 

身内には手術を薦めないとか、薬は使わないとか、

ふだん行う治療は最善ではないのだろうか?

回避したい理由があるものを患者に薦めているのか?

 

この世に絶対的なものはないにしても、

少なくとも、自信のないものを提供していいはずがないと思う。

 

ボク自身、母親に様々な治療法を試したが、

思うような成果には繋がらず、とても苦しんだ。

そして、いろいろと模索してようやく今の治療法に辿り着いた。

 

完璧な治療法か、どうか?

そんなことは問題ではない。

 

自信を持って、今現在の最善、ベストという

意識で提供できるかどうかが肝腎だと思う。

 

その最善を患者さんにも、そして母親にも提供している。

 

そして、さらにその最善をよりベストにして行く為に

さらに学び、可能性を広げていく。

 

今現在の出来る限りのことを

自信を持って提供する。

 

よって、当院の治療方法はどんどん変わっていきます。

 

より良い技術を提供できるよう努力致します。