過程

結果ありきの結果、

過程より構築された結果、

目的と手段がいつの間にか逆転してしまったような

前提が結論となった結果・・・

 

様々な結果があるわけで、

必ずしも結果がすべて・・・ということでもない。

 

例えば、生きることを目的、結論と位置付けてしまったら、

生きる為なら手段を選ばずだったり、

あるいは、生き延びる為の不徳であったりと、

極論をいえば価値を持たない、または価値を選ばないものとなる。

 

しかし、生死が前提ならば、

生き方や振る舞い方にも価値が宿り、

結論、結果も生死を超えた部分で見出されると個人的な考え。

 

そもそも、

価値とはどこからくるのか?

言語のように

自分が生まれる前からあり、

死後も続いていくものならば、

 

与えられ、自分の中で磨き、

そして新たな価値として後に続いていくもの。

過程の中にあると思う。

 

結果より過程、

昔は、ただのキレイ事だと、

自分の理解が足りませんでしたが、

 

ひとつの否定はすべての否定・・・

価値など、どうでもいいと思うことこそ虚無。

 

たしかに過程の流れ方、

委ね運ばれる様子をただ見ているだけでは、

結果にも弄ばれることだろう・・・と思う。

それこそ虚無。

 

ならば、

なんらかの努力で、自力を使い、構築してゆければ、

少なくとも同じ結果にはならないと思う。

 

人生はスポーツではない。

 

勝敗が結果ではない。

という意味で結果より過程が大事と改めて思う。

 

どちらにしても同じ結果だった・・・

とするかは自分次第と思う。