基準

限界と限定を使い分けると、

だいたいの場合、知らず知らずに限定としてしまうようだ。

 

限界はある。

しかし、限界と限定は違うし、

限界までの幅という意味で、限定しないこと、

枠をどれだけ超えて限界に近づくか・・・と考える方が、

可能性は広がる。

 

例えば余命、数か月と言われる。

が、それはあくまで西洋医学では数か月という計算。

つまり、他のジャンルたとえば東洋医学等であれば別の計算もあることだろう。

 

しかしながら、西洋医学の基準が常識となっている以上、

その枠の中で事柄が進行していくことは習慣としての事実。

 

一方で、根源的に本来備わっている予知と言いましょうか、

お互いの生命力が尽きる予測は西洋医学に頼ることなく、

または有名な大学で勉強しなくとも人間として分かる、

感じていることも事実である。

 

西洋医学からの恩恵はすばらしいと思う。

が、限界はある。

その枠に限定された恩恵であることが前提ということです。

 

この世に絶対はないが、

西洋医学に偏らず、あるいは依存せず、限定せず、

他のツールへと紡ぎ、可能性へと繋げるという意味で広げる。

そのような考えも手段の一つとして必要と思います。

 

何故このようなことを書くかというと、

日本の医療が西洋医学に偏り過ぎるからである。

 

さらに治療家の方々、また研究される方々が、

西洋医学と比べることで、

その療法の良さを知らず知らずのうちに

けっきょく、限定されたものにしてしまっている風潮が残念と思うからです。

 

つまりは西洋医学脳ということである。

 

たとえば、本でも技術でも

西洋医学と比べるものですから、よけいな表現を省く、

あるいは余計な技術として伝えない。

 

一番、大切な部分が、

西洋医学、あるいは科学を基準にする為、

失われる・・・

 

とても残念です。

 

もう少し、根源的な部分に耳を傾け、

西洋医学とのバランスをとってほしいと個人的に思います。

 

ある意味で、

限界までの距離、あるいは幅を変化させる

チャンスなのだから、ただ失うことは、

ほんともったいないと思うのです。