境界線

土曜日に新潟から友人が、

治療を受けに来てくれた。

 

ここ何ヶ月かのカラダの不調を、

将来の不安として深刻に考えた末、

 

このブログを読んで、

治療する、治していきたいという

結論、決心に至ったようだ。

 

治療は今までの自分と向き合う場面もある為、

ある意味で病気で居るより辛いこともあると思うし、

 

それらを乗り越えて行く為の勇気も必要である。

 

術者がサポートするとはいえ、不安、恐怖はあることだろう。

 

しかし、そこが病気であり続けることと、

健康に生きて行きたいという実践としての境界線と考える。

 

その境目すら見ることもせず、

健康を願うことは、

ある意味、病気を手放したくないという心理に繋がる。

 

ある人が神様に救いを求める話を思い出した。

おおまかにしか覚えていないが、こういう話です。

 

洪水かなにかで家の屋根より救いを求める人がいて、

その人は信仰心が強いようで、神様に求めれば助かると信じて

神様の救いの手を待っていた。

やがて、救助の方々がボートやヘリコプターなどで助けに来たが

なんと、その人は助けを拒否し、神様からの救いの手を待ち続けた。

結果、亡くなるわけですが、その時、その人は、

「神様は何故、助けてくれなかったのか?」と言ったそうだ。

 

逆に神様は「何故、何度も救いの手を差し伸べたのに受け入れなかったか?

何を待っていたのだ?」と言った・・・

 

細かい内容は違うかもしれませんが、おおまかな主旨はこんな感じです。

 

極端なたとえ話でしたが、

治療する決心がなかなか決まらない、

あるいは、治していくことは(真剣に)拒むのに健康を望むという・・・

心理的な逆転を起こしている方々の様子と

重なる部分があると感じました。

 

この世に絶対的なものはありませんが、

いつか特効薬ができて病気が治る。など、

その、いつかも大切な可能性ですが、

今ある可能性も捨てたものではありません。という意見。

 

待つ間、当院のような治療を有効に活用することも

さらに可能性を広げることになると考えます。

 

どうやら新潟の友人は治療に可能性を感じてくれたようです。

ありがたいことです。

決心した時点で、すでに治癒は発動し始めたと思いますよ。

 

境界線があるとしたら、そこだったのでしょう。

 

お互いがんばり、健康を目指しましょう!